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新年早々2度も救急車に乗った話し

こぷぅとの愛溢れる毎日,ぷうたの人となりシングルマザー,未分類

こんにちは、シンママ・ぷぅたです😀(@SinglemamaP)
あっという間に1月の3連休も終わり、早くも中旬に突入。
昨日からこぷぅの学校が始まり、3学期がスタートです🏫





今年は連休と絡んだので冬休みが長く、それでも生活リズムを狂わせないように気を付けていたのですが…
新年早々、3日の間に2度も救急車に乗るハメになりました🚑




今回は(❔)、ちょびっと真面目なお話しです。





まず、新年早々母が動けなくなりました。
ベッドから起きてこれず、丸2日食事も摂れず寝たきり。
とうとう観念したのか、病院に行くと言い出したのはいいんだけど、まず家族の車には乗り込めない状態。




以前手術をした病院から、次痛みが出たら救急車で来てください。と言われていたというので、こんなご時世ですが救急車要請。
早速ストレッチャーを持って救急隊員さんたちが来てくださって、事情を話して乗車。
母は痛がりながらも何とかストレッチャーに乗って、乗車したはいいけど行きたい病院がちょっと遠いのもあり、事前確認。




症状などを説明して電話口で病院の方とやり取りしてたけど、結局近くの救急病院へ。
ただどこも満床で、診察は出来ても入院はできないと言われ続け、最悪家に帰されるコトになるなら近い方がいい。と、車で10~15分程の病院へ。




姉とこぷぅは家の車で後を追ってくるコトになり、私が同乗。
その病院も入院は出来ないので、強烈な痛み止めを打って貰って、帰りはタクシーで帰宅。
帰宅後も母は要・安静と言われているので、数日はほぼ寝たきり状態でした。




と同時期に、年末から体調の悪そうな父の問題が勃発。
息苦しそうで、着替えをするのも難儀な状態。
今までは2Fで寝ていたけど、階段を上がっていくのも大変そうなので、1Fのリビング横の和室に急遽寝床を作った矢先に、「これはまずいだろう」って状態になり、本人はずっと拒否していたけど、無理矢理姉と病院へ連れて行くコトに。




掛かりつけの病院まで、歩いて5分弱。
でも歩ける状態じゃないからと、また家の車を出して、GO🚙
院長先生自ら診察してくださり、尿検査や血液検査、レントゲンやCT、エコーなどありとあらゆる検査をした結果、




心臓、まともに動いていませんよ❔







はいぃっ❔❕
ですよ…



何でも、昨秋頃には、「心臓を動かす電気を送る電線が、”高度に”ブロックされている状態」だったのが、今は完全にブロックされていると。
なので、心臓の下にある臨時の電線が頑張ってくれてたんだけど、このまま放っておいたら失神して、心不全となります。
と…




はいぃぃっ❔❕
死にかけてたんじゃん、おいっ❕❕





そして、急遽心臓の専門医のいる病院を探してくれて、そこまで救急車で搬送というコトになり。
ずっと付添っていた姉は1度車を置きに家に戻り、入院の準備。
私はまたもや救急車に同乗して、搬送先の病院へ。




到着してすぐ手続きをし、父は簡易的なペースメーカーを入れる手術をするコトに。
Dr.から説明を受けている間に、姉が母とこぷぅを連れてくるコトになってるのに、中々来ない。
素人でも判るように、言葉をかみ砕いて説明してくださるんだけど、何より私の頭の中では






容体、手術について、副作用などなどを全部頭に叩き込んで、他の家族に説明しなくちゃ。






この使命感しかなく。
今考えたら、私自身も極度の緊張状態だったのでしょうね…
あとから見たら、右半身に蕁麻疹が出ていました😨




説明が終り、手術の同意書にもサインをし、看護師さんからは、「そろそろお父様を手術室にお連れするので、最後にお話しを…」と救急処置室へ入る直前に3人到着。
ただ子どもは入れないというコトで、姉と私が入室。
近々でやらなくてはならない、家のコトを父から頼まれて。
外で待たされてる間、こぷぅは「じぃじへ」とお手紙を書き書き🖊





救急処置室から手術室のあるフロアまで移動するのに、エレベーターへ向かう途中で、母とこぷぅも父と会えて。
既にこの時には酸素マスクをつけていたので、まともな会話は出来ません。
ただただ「頑張ってね」というしかない状態で見送り、30分程で手術終了。



術後父はそのまま病室へ連れていかれ、担当看護師さんが入院中の諸々の説明をしてくださいました。
このコロナ禍で面会は出来ないのは承知していたけど、着替えなどはどうするか。
父は携帯を持っていないので、必要なモノを私たち家族に伝える術がありません。



術後落ち着いたら、本格的にペースメーカーを入れる手術をする予定だけど、それまでの間の父の状態が判らない以上、身動きできない歯がゆさを感じました。




全て手続きを終えて、皆でタクシーで帰宅。
とりあえず兄も仕事帰りに実家に寄って、今日の状況を説明。
落ち着かない状況で、家族皆がザワザワした気持ちの中、一晩を過ごしました。



お正月の三が日を過ぎたら、普通の平日として過ごそうと思っていたのに。
夕方からは習い事が再開するから、日中は映画行ったり、こぷぅと過ごす計画を立てていたのに。
こんな状況になってしまい、図らずも実家に寝泊まりしたり、こぷぅの生活も徐々に崩れていきました。




仕方ないコトなんだけど、私がもっとちゃんとしてれば…と、そこは今も後悔しています😢




父の体調が戻り次第、連休明けに手術をする。という予定でしたが、結果連休が明けてすぐに決行。
時間なども聞いていましたが、手術当日も家族は面会NG。
病院に行っても会えないので、またもや家族はそれぞれの持ち場(職場や家庭)でモヤモヤしながら待機。




終了予定時間を1時間ホド過ぎた頃、当初から家族間で決めていた通り、私が病院へ電話をしました。
まず手続き上のコトで事務の方とお話しした後、病棟へ転送してくださり、担当看護師さんから状況のヒアリング。
お昼を過ぎていたのですが、父はお腹が空いたーと、病院で出してくださったお昼ご飯を完食したそう🥰




父が携帯を持っていないので、荷物の確認を…とお話ししたところ、少しだけならお話しできますよ❔
と言ってくださり、急遽父と電話越しで会話❕
声も元気そうで、安心して涙が出ました。




こぷぅも在宅していたので、こぷぅも電話に。
じぃちゃん、一気に声が甘くなってる🤣🤣




とりあえず必要なモノなどを聞いて、救急搬送された時にDr.から受けた説明の通り、早ければ数日で退院可能とのコト。
術後父本人もそう説明を受けたみたいなので、術後の経過はOK👍
早ければ、この週末には退院してくるのでは❔という見通しです。




今回思ったのは、いつまでも元気でいると思っていた親の、弱り切った姿。
また、行動力という面で、全く役に立たない姿。




勿論、2人揃って後期高齢者になっているので、期待していません。
私たち子供が手分けをして、協力しながらやっていけば良いコト。
実際私たちがやった方が手早く(要領良く)できるんだけど、ちょっと哀しくなりましたね。
「もう、親に頼るのではなく、親から頼られるようになったんだな」
ってね。




また、兄姉は出勤する仕事を持っているので、私のように家にいる時間が長い子どもが、1番身動きが取れやすい。
病院との連絡や、それを母、兄、姉に其々伝達するのも私の役目だったし、責任の重さを痛感しました。
緊急搬送されてDr.から説明を受けた時から、ヒシヒシと感じていましたが…




今回のコトで、たまたま兄とサシで話す機会が(珍しく❕❕)あったのですが、彼の長男としての考え方なんかも聞くコトができて、今後実家のあり方も変わっていく気配を感じています。
戸建てだけど築年数も経ってきたし、両親がいなくなったら姉が1人で生活するには広すぎるし、管理が大変。
今後どうするのか、なども含めて、これからも兄妹間での話し合いは必須になりそうです。




いつも以上にまとまりのない文章になってしまいましたが、ちょっとバタバタな年始。
そして、3日の間に2回も救急車に乗るなんて、滅多にない機会だったので、ブログ名の通り、”備忘録”として書き残しておきたいと思います😊




因みに、お友達に「3日の間に…」って話したら、「えっ❔❕お正月、飲み過ぎたの❔❔」と、決して少なくない人数から言われた、酒飲みイメージが定着している、ぷぅたでした🐽



今回もお読みいただき、ありがとうございます🐷




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この記事を書いた人

ぷぅた

一人息子の”こぷぅ”をこよなく溺愛する、アラフォー・シングルマザーです。
在宅ワーカーなのをこれ幸いにと、毎日こぷぅのコーデや朝食をUPしています❤
たまに、バカボン(注:元旦那)が登場します。